名誉棄損について
初めに
しばしば勘違いしている人がいますが、刑事の名誉棄損と民事の名誉棄損は、要件や保護範囲が違います。
大きな意味で名誉棄損というと皆さんが想像する範囲、広い意味では、この両者は同じです。
しかし、法律論として、成立する要件を考えた場合はこれは別のものになります。
概要
1 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
刑事の名誉棄損は、独立した条文があります。
そして、司法試験や法律学の授業などでは、頻出論点で、数多くの論点や争点、学説の争いがあります。
法学部の生徒なら、名誉とはなにか、名誉感情も保護されるか、公然性や伝播性の点(不特定多数人に知られるような、あるいは伝聞するような表現か、認識などの点)、表現の自由との関係、侮辱罪との違いなど、一度はその要件や争点を耳にしたことがあるものです。
これに対して、民事の名誉棄損は、不法行為(民法709条)の一種として保護されます。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
刑事のように独立した条文があるわけではありません。
あまり独立しては試験問題にも出ません。
しかし論点は多数あります。なかなか金額は大きくならないものの、業務としても時折対応する重要なものです。
条文を見ればわかるように、名誉以外の権利と一緒に保護されています。
このために、個別の要件は判例の積み重ねによるもので、刑事の名誉棄損とは違うものです。
法律を多少知っている人は、刑事の名誉棄損については知識があることが多いため、民事の名誉棄損の判断でも刑事の知識に引っ張られて判断しそうになることがあります。
(以下、あくまで、手元の民事の名誉棄損の検討書の記載にあるもののピックアップです。異なる理解や学説はありえます。)
各論
民事の名誉棄損で、特に勘違いしやすい点が2つ。
①名誉感情が保護されること
これは、刑事では、保護されません。
しかし民事では、当然保護されます。
裁判例でも認められています。
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②公然性、伝播性の要件が不要なこと
刑事では極めて重要な要件ですが、民事では不要です。
ただ、民事の名誉棄損は、「社会的評価を下げる危険を発生させること」の要件がありますので、その関係で一定の考慮はあります(同趣旨の東京高裁の裁判例があります)が、少なくとも独立した要件ではありません。
なお、このような考えでは、前記の名誉感情の保護との論理的な関係が生じますが、ややこしい話になるので、ここでは置いておきます。
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私どもも、過去の経験や知識に引っ張られて、誤った回答をしそうになることがあります。
今回、名誉棄損を検討していて、私も刑事の知識に引っ張られそうになりました。
そういうことの無いように、なんとなくわかった気になっていることでも、常に、一から調べて回答する姿勢が必要であると自戒しました。