法的主張と社会的主張


「カネカ」という企業の労働問題が、ネット上で炎上しているようです。

これについて「カネカ」で労働問題が問題になりかけた時、「社会的な妥当性を考慮した対応でなく、法的・弁護士的対応をしたことが炎上の原因でないか」との記事を見ました。

この一面は確かにあると思います。

しかしながら、「では、端的に社会に容認されるような主張を並べるほうが良い」とするのは単純すぎます。

現実に、こういうトラブルがあって企業としての説明や釈明に追われた経験のある弁護士ならば、この点は非常に難しい判断になることは経験的にわかると思います。

トラブルの説明会などでは、当然参加者の方はきわどい質問をしてきます。

それに対して回答するにあたり、「たぶん、この対応をすれば、世間の8割は理解をしてくれるであろう」と言うのは、弁護士にも、もちろんわかります。

弁護士は法律の専門家であるだけでなく、普通に社会で生きて、事務所を運営し、友人との交友、様々なお付き合いは普通のサラリーマン同様にあります。

(ホームレスと対話した後、政治家と会食したりすることもあるわけですから、交流範囲はサラリーマン以上に広いかもしれません)

ですから、「当然、普通はこういう回答が世間に受けるであろう」という回答は予測できます。

しかし、同時にその回答をした場合、「裁判では、不利になるよね」と言うことも専門家としてわかります。

そこで、どちらを選択するかの検討となります。

ある回答をした場合、一般に8割は好意的に見てくれるであろう、しかし、残りの2割が訴えてきたときに、裁判上は不利になるとしましょう。

8割の受けが良い方が良いのかと言うと、そう単純ではありません。

そういう時の8割の方は味方につけた場合、漠然とした風評被害は防げても、具体的で明確な数字上のメリットデメリットが見えないことも多いです。

これに対して、その説明で理解してもらえない2割の方の中は、特にお怒りの方が含まれることが多く訴訟の可能性が高いです。

そして、この2割の中の人が、訴えてきたときの裁判上のデメリットは具体的に明確です。

そうすると一般に受けの良い説明をすることは、訴訟で明確で高額の損害を生む。しかし、逆に一般に受けが悪い説明は、3か月ほどマスコミに騒がれるだけで、実損ははっきりしないということもあります。

(風評被害がどれくらいの売り上げ減をもたらすかは会社によります)

こうなってくると、法的な正しさを取るのか社会的に容認されるほうを取るのか、どちらが良いのかは相当にシビアな検討になります。

ですので、端的に「一般に受ければよい」とだけ考えるのも法律家として適切ではないでしょう。

ちなみに、私ならどうするか。

私は、ある事案についての弁護士として意見を求められれば「法律家としての意見」を求められていると考えますので、法的にどうかの見通しを回答します。

そして、次に、客観的な第三者の意見として、社会的に普通はどう理解されるかの予測を回答します。

そして両面のメリットとデメリットを照らして、それを会社の代表者や役員会に伝えます。

そのうえで、会社の経営判断に任せます。

判断を逃れるようですが、会社の経営の最終責任は役員が負うことは法的にも経済的にも明らかですから、弁護士としては、その参謀になっても判断に介入することは控えるように考えます。

あさがお法律事務所(西宮市)

神戸 大阪 阪神間の顧問弁護士なら